二人
著者:るっぴぃ


Xのブログ

人生の変わる瞬間っていうものが存在するとしたら、僕にとってのその瞬間の一つは確実にあの日に訪れたんだと思う。
別に何か大きなことが起こったわけじゃない、大きなことがあったとしてもそれは関係なかった。
もしそれを引き起こした原因があるとしたらそれはただ一つ。
あの少女と出会ったことだと、今となって僕は思う。



 必要なものは鞄に入れた、よし。
 今日は担任と副担任が揃って出張なのでHRがない、よし。
 飛鳥の席は入り口と反対側で僕の席とはそこそこ離れている、よし。
 竜崎が辿り着いてくるよりも僕が脱出する方が2段階早い、よし。
 後は待つだけだ……。

「あ〜、じゃあちょっと早いけどここで終わりにします」

 その声を聞くと同時に僕は鞄を掴み全速力で逃げ出した。
 勿論、奇怪な活動から逃れるために。

    *

 あの1泊2日の宿泊研修(竜崎だけは合宿と言い張っている)以来、‘委員会'はその活動頻度を上げた。
 僕は新聞部に顔を出せないほど引きずり出され、活動という名の雑用を一手に引き受けさせられていた。
 今回の逃走もそのためだ。
 別に僕が悪いことをしたわけじゃない。
 本当なら新聞部の活動に出たかったけど、疲れてしまった。今日はもう寮に帰って寝よう。
 そう決心すると自然、門を出ようとする足も速まる。
 この時間帯特有の、やけに足の速い帰宅部員たちと同じくらいのペースで校門に向かっていると、校門近くに男女の二人組がいるのを見つけた。
 どうやら困っているみたいだけど帰宅部員たちは関わり合いになりたくないと思っているのか見ないふりをしている。
 それが賢明だろうな。
 それでも新聞部で培われた取材魂が何か面白いことないかな、と耳をそばだててしまう。

「うーん、困ったな……」
「困りましたね〜……」

 自分よりも少し上くらいの年代の紙袋を小脇に抱えた男性と、先端の白い杖をもった中等部の制服を着た女子のペアだった。
 男性はこの時間に制服ではない姿だから大学生かもしれない。
 少女は男性に顔を向けているようで微妙に焦点が合ってなさそうだった。真面目に話をしているのかも怪しいな……。
 より一層興味をかきたてられて、僕は不自然でないように二人に近付いていく。

「もう少ししたら知り合いが出てくるとは思うんだけど」
「でも藤島さんは学校に課題を出しに行かなきゃいけなんでしょ?」
「それはそうなんだけど……」
「だったら芽々は大丈夫ですー。‘委員会’の皆さんに会えないのは残念ですけど――」

 近づこうとしていたのが災いした。
 少女の口から出た‘委員会'という単語に過剰に反応して、二人のほとんど目の前と言う場所で僕はせきこんでしまった。

「わ、あ、だ、大丈夫?」
「ゴホッ、ゴホ。……だ、大丈夫です。すみません。何か困っているんですか?」
「はい、‘委員会'の人たちを探しているんですけど、あなたは知っていますかー?」
「ま、まあ……。案内しようか?」
「は、はいっ。お願いしますっ!」

 少女はやけに乗り気になっていた。そんなにあの人たちに会いたいのかな。
 というかつい勢いでいいって言っちゃったけどどうしよう。

「それじゃあ、もう大丈夫かな、芽々ちゃん」
「はい、ここまでありがとうございましたー、藤島さん」
「いや、どういたしまして。それじゃあ僕は行かなくちゃいけないから」

 そう言って藤島と呼ばれた男性は歩いていった。帰る方向からして彩桜の学生ではないみたいだ。
 僕は少女に向き直ると、「早く、早く!」といった期待に満ちた顔で迎え入れられた。断れないんだろうな、やっぱり。
 うん? でも――

「んーと、ちょっと昔に事故で目をやられちゃいましてね〜。見えないのでゆっくり歩いてくれると助かります〜」

「目が……?」

 それが先ほどからの違和感の正体らしかった。
 それなら焦点が合ってないのも納得できる。

「はい〜。ただ声だけでも感情って伝わりますし、今ではもう慣れちゃいました〜」
「そうなんだ……。それは――」
「同情ならのーさんきゅーですよー? 芽々は特に不便を感じてないですから〜」
「そうだね、それじゃ行こうか。芽々ちゃん」
「彩桜学園中等部3年4組、百鬼芽々(なきり めめ)です〜。お兄さんは……」
「渡貫裕貴だよ」
「裕貴さんですか〜。‘委員会'の方……ですかー?」
「一応そうなるのかな。無理やり入れられたようなものだけど……」
「そうですか〜。今、何人入っていますかー?」
「3人……、かな。でも――」
「じゃああと二人、ですね〜」
「え?」
「いえ、何でもないです〜。ところで‘委員会'はどこで活動しているんですかー?」
「えーと、今日は特別活動支援室のどこかかなあ? ちょっと階段登るから気をつけてね」
「ありがとうございます〜。裕貴さんはやっぱり活動してて楽しいですかー?」
「んー、どうだろうね。ちょっと辛いっていうのもあるけど、やっぱり楽しい、かな……」
「そうですか〜、それは何よりです〜」
「あ、あそこだよ。ええと、ここから12歩ぐらい進んで、左手にあるドア」
「……? 裕貴さんは行かないのですかー?」
「ぼ、僕は――」
「そうですか〜。じゃあ芽々も今日はいいです〜」
「え、でも……」
「大丈夫ですよ〜。今日の目的は達成できましたから〜」
「そうなの? でも」
「それよりも、」

 芽々ちゃんはそこでいったん言葉を置くと、まぶしすぎる笑顔でこう言った。

「折角ですし、どこかで何か食べませんかー?」

    *

 僕と芽々ちゃんはキャットバーガーに来ていた。
 芽々ちゃんは自分も払うと言ってくれたけど、ここはおごりだ。
 こう言う風に流されやすい性格があんな状況を生んだってことは理解しているんだけどね……。

「わあー、この拷問バーガーおいしいですよっ!!」

 芽々ちゃんはそう言って4つ目のハンバーガーをほおばっている。
 ちなみに拷問バーガー、キャットバーガーの試作品で胡椒をふんだんに使った肉に激辛トマトソースをかけたという品で当然のように辛い。
 その上芽々ちゃんはワサビマヨネーズをトッピングしている。
 ……おいしいのか、それ。
 隣の席の黒い長髪の子と三つ編みの子に少し引いた目で見られているのがちょっと辛かった。

「か、辛くないの?」
「辛いですよ〜。でもそこがおいしいんじゃないですか!」
「そ、そう……」

 追記しておくと僕はチィズバーガーとパリパリボンレスの2個を食べただけでもう満腹だ。

「やっぱり目が見えなくて困ることはほとんどないですけど、見えるに越したことはないですね〜」
「それ、気になってたんだけど本当に困らないの?」
「はい〜。と言っても私はずっと人についていてもらったりしていたので危険なことがあまりなかったから言えるのかもしれませんけどね〜。人の感情くらいなら声だけでも判別できますよ〜」
「そうなんだ……。でも授業とかってどうしてるの?」
「芽々は頭がいいので一回聞けば問題ないのですよ〜! テストは先生が頑張って点字で作ってくれますのでのーぷろぶれむなのです! 裕貴さんはどうですかー?」
「僕は頭がいいわけじゃないからねぇ……。あ、嫌味じゃないよ」
「はい〜。やっぱり裕貴さんは素直な人ですね〜」
「な……、それはどういう意味?」
「そのまんまですよ〜」

 そう言って芽々ちゃんは5つ目のハンバーガーに手を出す。今度はチィズバーガー。

「いやだからそのまんまってどういうこと?」
「そのまんまはそのまんまですよ〜。あ、そういえば高等部の受験問題ってどんな感じなんですかー?一応芽々も今年受験生ですからね〜。敵を知れば何とやら〜」
「ええ? そんなに難しい問題はなかったはずだし中等部からならほとんど落ちなかったと思うけど……」
「そうですか〜。ありがとうございます〜。流石にこの時期じゃ本腰上げてる生徒が少なくて不安になっていたのですよ〜」
「多分、芽々ちゃんなら大丈夫だと思うけど……」
「ありがとうございます〜。来年私が裕貴さんの立場になった時は宜しくお願いしますね〜」
「いや、こっちこそ宜しくお願いするよ」
「ていうかそんなに食べて大丈夫?」
「これぐらいなら芽々は平気なのですよ〜。今日はちょっと少ないぐらいですし〜」

 そして最後に食べるためにとっておいたらしいアップルパイに手をつける。
 もぐもぐとおいしそうに食べる姿は本当に幸せそうだった。

「んぐ? むぐあっ!!! んー、んんー!!」
「え、あ、み、水! はいこれ!」

 芽々ちゃんは僕が渡したコーラを飲み干すと、はふうと息をつく。

「ふう、助かりました〜。でもこれ、本当に出してもらっていいんでしょーかー? 食べすぎちゃったんですけど〜」
「ああ、大丈夫だから落ち込まなくていいよ。流石にこれで出さないのもどうかと思うしね……」

 本当なら財布はヤバいんだけど、まあ仕方がないだろう。
 そう結論付けると僕は手を差し出しながら芽々ちゃんに言う。

「じゃあ、行こうか――」

 その瞬間、僕の言葉は強制的に止められた。

 ただ、唇に柔らかいものの感触があったというだけで。

 温かい吐息とくすぐったい髪の毛と、べたべたとした、柔らかい唇。
 それだけが、僕の感じているものだった。
 ゆっくりと、芽々ちゃんの顔が離れていく。

「私は〜」

 芽々ちゃんの顔が赤くなっているのが見える。
 多分僕の顔も真っ赤だろう。
 さっきまで多かった客の数も、帰宅部の立ち寄る時間を超したからか少なくなっていた。
 そんな中で芽々ちゃんはゆっくりと言葉を紡いでいく。

「あなたみたいな人のことが好きなんです」

 それは僕にとって、予想だにしない言葉。

「容姿ではありませんよ〜。内面です。私みたいに運命に弄ばれて、擦れてしまった心。そんな心に、同じ傷を負った仲間になってほしいんです」

「で、でも僕は……。僕は……」
「あ、ご、ごめんなさいっ!! 困らせるつもりはなかったんですっ!」
「い、いや……。いいよ……。……大丈夫」

 芽々ちゃんはうなだれていた。
 きっと僕も、そんな感じにうなだれているのだろう。

「帰ろうか……」
「はい……」

    *

「このあたりでいいですよ〜。もう近いですし、芽々一人で帰れますから〜」
「そう? それなら、さようならになるのかな」

 あの後、僕たちは何とか会話をすることでぎこちなくはあっても普通に見える会話を取り戻すことに成功した。

「それじゃあね。また……」
「はいです〜。また今度〜」

 そうして僕たちは別れた。
 寮が近いから、もう20分もすれば帰れるだろう。
 帰ったら、やっぱり寝よう。心行くまで、ゆっくりと……。

    *

 ぴりりりり。

 脇に置いた携帯の音で目が覚めた。
 もうずいぶんと前に日は暮れて、上段ではいつも通り飛鳥がいびきを立てて寝ていた。
 一度しかならなかったからメールだろうとあたりをつける。着メロで登録してある人ではないことがわかったし、もしかしたら芽々ちゃんかもしれない。
 携帯を開けて確認するとやはり芽々ちゃんだった。
 文面に目を通す。
 そこには――

    *

 飛鳥が目を覚ますと不思議な違和感を覚えた。
 なんと言うか空気が生ぬるかった。
 普段は多少寒いくらいですらあるのに。
 飛鳥は時間を確認する。午前11時半。

「やっべェ、完全に遅刻だ!!」

 飛鳥はあわてて支度をするとバタバタと駆けていく。
 飛鳥が出ていくと、静寂の部屋だけが残された。
 もし飛鳥に考える余裕があったなら不思議に思っただろう。

 なんで同居人が自分を起こさなかったのか。

 確認すれば、ベッドの下段に裕貴の鞄が残っていることにも気がついただろう。

 その日、裕貴は学校に登校しなかった。



あとがき

まずはキャラクターを借りさせていただきましたルーラー様にお礼申し上げます。
いつもよりちょっと長めの第5話、いかがでしたでしょうか。楽しんで頂けたのなら幸いです。
終盤になるにつれ書くことがなくなっていきますがお礼コーナーの為に存在していますのでご容赦ください。
それでは第6話でお会いしましょう。



投稿小説の目次に戻る